小ぶりのボディにグランドピアノと同じように弦を張り、キーボードのハンマーアクションで弦をたたいて、その音をピックアップで拾うという、きわめてシンプルな発想で作られたエレクトリックグランドピアノ。その発想は、まさにアコースティックギターに対するエレキギターとほとんど同じである。
そのクリアな音色が大うけして、発表されると同時に大ヒット。この音色は、聞けばすぐわかるほどで、80年代は、本当にあらゆるミュージシャンが使っていたといっても過言ではないだろう。日本では、オフコースの小田和正や、サザンオールスターズの原由子がいつも弾いていたし、彼らの代表曲にはほとんど必ずこのピアノの音色が含まれている。
不思議なことに、これだけヒットした楽器であるのに、似たような楽器を作ったメーカーが他になかったために、トニーバンクスもこれだけは選択の余地がなかったようだ。YAMAHAというメーカーは、アコースティックピアノと電子楽器の両方に非常に長けたメーカーである。CP-70というのは、そういうメーカーならではの楽器で、シンプルな故になかなか他のメーカーがまねできない楽器だったのかもしれない。
トニーバンクスは、...And Then There Were Three のレコーディングではじめてこの楽器を使っている。このアルバムでは、生ピアノとCP-70を楽曲によって使い分けている。アコースティックピアノの代用ではなく、新たな音色の楽器として意図的に使い分けているようだ。ポップなテイストを強調した...And Then There Were Three にあって、やや軽い感じのCP-70の音色は、そのポップテイストを具現化するのにおあつらえ向きの楽器だったのだろう。続くDukeでも随所に使われており、この時期のジェネシスサウンドにとって実に重要なポジションの楽器となっている。ただ、80年代のポップミュージック全般に非常に影響力のあった楽器であったことは間違いなく、これはジェネシスも例外ではなかったと見たほうが正しいかもしれない。
一方、ライブでもCP-70は定番楽器として使われた。ライブではそれまでエレピで堂々と生ピアノの代用をしていたトニーバンクスだが、生ピアノの代用としては、CP-70の方がいいに決まっている。それまでライブでは演奏されていなかったのに、...And Then There Were Three ツアーのときにRipplesがセットリストに入ったのは、まさにこの楽器のおかげだったのだと思う。(Ripplesがライブで演奏できたもう一つのミソは、ラザフォードが弾くRolandのGR Guiter Synthesizerという楽器のおかげもあるのだが、その話はいずれ)
その後トニーは、90年代に入り、サンプリング全盛の時代になってもずっとこの楽器を使い続けている。Invisible TouchのときもCP-70を使い、次のWe Can't DanceとCalling All Stationのレコーディングのときにも、88鍵タイプのCP-80を使っているのだが、さすがにWe Can't Danceツアー以降は、ステージでも使わなくなってしまった。
もはやMIDIマスターキーボードが一台あれば、あとはどうにでもなるような時代に、敢えて馬鹿でかいCPを使う必要など全くなくなってしまったということなのだろう。これはこれで理にはかなっているのだけれど、何だかかえってつまらない時代になってしまったと思っているのは、私だけではないような気がする。


いやぁ〜、CP-70いいですねぇ〜
このサウンドが本当に好きですわ。
うろ覚えですが、ピーカブも使っていたような・・・
最近このCP-70を使っているアーティストのライブに行って来ました。
それは岡村孝子さんです。
久々にCP-70が現役で弾かれていたので懐かしかったです。
自分もこれ欲しいです・・・
80年代のポップスには不可欠なキーボードですよね。ホント。最近でも生CP-70なんてミュージシャンいるんですねえ。私もコンサートでそういう人見たら、結構感動しそうです。