キースエマーソンが使って有名になったMOOGのモジュラーシステムと同じ1970年に発表された、ARPのモジュラーシンセサイザー。パッチコードなしでも音作りが出来たり、音程も安定していた等、大型シンセの割りに扱いやすく、愛用したミュージシャンも多かった。初期型にはなかったが、後から2音ポリフォニック(ユニゾンはNGだったが)の機能が追加された。シンセサイザーといえばモノフォニックが当たり前の時代に最低の和音が奏でられたちょっと珍しいシンセサイザー。
トニーバンクスが最初にこのシンセを使ったのは、1975年のA Trick Of The Tail のレコーディングとしている資料が多いのだが、私は、The Lamb Lies Down On Broadway のレコーディングから使っていたのではないかと思っている。というのも、もしこのとき2600を使っていないとすると、トニーが使っていたのは、Pro-Soloistだけとなってしまう。いくらなんでも、30音プリセットの小型シンセ1台でThe Lamb Lies Down On Broadway の多彩なシンセサウンドを作り上げるのは、ブライアンイーノの仕事があったとしても無理があるのではないかと思う。2600が発売されたのは1970年だから、時期的に使っていても全くおかしくない。Selling England By The Pound で初めてPro-Soloistというシンセサイザーを使ったトニーバンクスが、次のアルバムでもっと多彩なサウンドを求めて、Pro-Soloistより古い楽器ではあるがより自由度の高いモジュラーシンセサイザーを導入したのではないかと思う。(もし間違っていたらご指摘くださいm(_ _)m )
ステージでは、Selling England By The Pound から Wind & Wuthering のツアーまでは Pro-Soloist 1台で通しており、2600をツアーに持って出たのは 1978年の...And Then There Were Three ツアーのときだけである。当然この年の11月の初来日公演でもトニーは2600を弾いていた。(この目で見ました^^;)
このとき、東京公演では問題はなかったのだが、大阪公演では、この2600の調子が悪く、もたもたしていたら、突然もう一台の2600がステージに出てきたのだそうだ。「あんな高価な楽器を何台も持って歩いてるんだー」とびっくりしたという体験談を昔聞いたことがある。ツアーの場合、ステージ機材などは普通2セット用意して、次の公演場所にセットしながらツアーを移動するのが普通らしいので、同じ公演場所で予備があるということは、同じ楽器を最低でも4台は持ってツアーをしていたのだろう。この頃になると、さすがお金持ちである。(2600は発売当時3000ドルくらいだったそうだ)
続く Duke のレコーディングまでこのシンセは使われていたのだが、Dukeツアーの時には、同じARP社の新型シンセがメインとして使われることになり、以後ステージ、レコーディングとも2600が使われることはなくなった。
ちなみに、2600の前に、ARPの創業商品である2500という、とてつもなく巨大なモジュラーシンセが存在する。映画「未知との遭遇」のラストで、あの有名なメロディを奏でるのがARP 2500 モジュラーシンセサイザーである。2500をトニーバンクスが使ったという情報は、全くない^^;。


